薬剤師以外の者による調剤行為について その3
さて、前回までで薬剤師以外の者による調剤行為について、自分なりに考えをまとめました。
結論としては、少なくとも現状では、ほとんどの調剤行為は薬剤師以外の者(医療事務等)が行ってはならないということでした。
しかし、今後も「調剤」が今と同じような形で薬剤師の独占業務としてあり続けるかというと、疑問ではあります。
その辺のことに思いを馳せて今回の話題をしめることにしようと思います。
患者のための薬局ビジョン
そもそも、『調剤業務のあり方について』が出された背景はなんだったのかというと、前々回にも引用したこちらの記述が手掛かりとなります。
薬剤師の行う対人業務を充実させる観点から、医薬品の品質の確保を前提として対物業務の効率化を図る必要があり、「調剤機器や情報技術の活用等も含めた業務効率化のために有効な取組の検討を進めるべき」とされたところです。
重要なのは、「対人業務を充実させる観点から」「対物業務の効率化を図る必要があり」という部分です。
対物業務を効率化する必要があるから、薬剤師以外の者が調剤行為を行う可能性について、厚労省として意見をまとめておく必要があったというわけです。
では、「対人業務の充実」と「対物業務の効率化」はどこから降って湧いた考えなのでしょうか。
このことに関して大きな根拠となっているのが、平成27年に厚生労働省が公表した、『患者のための薬局ビジョン ~ 「門前」から「かかりつけ」、そして「地域」へ ~』です。
これは、今後の薬局・薬剤師がどうあるべきかという道筋を厚労省として示した文書となります。
意訳しつつ簡略化して内容をまとめると、「これからは少子高齢化で世の中大変だし、医療への需要も増えるから、薬剤師はもっと頑張ってね」という感じになります。
服薬情報の一元的・継続的管理とか、医療機関との連携とか、いかにもっぽいことがつらつらと書かれた資料なのですが、要は負担の押し付け合いの結果だと個人的には解釈しています。
医師の働き方改革などが叫ばれる昨今、医師に無茶な働き方を強いるのは受けが悪い。
でも手のかかる老人はますます増えて医療・介護への需要も増えていく。
なんとか動かせる人間を確保したい。
そうだ、薬剤師にやらせればいいじゃない!
適当に地域包括ケアシステムとかなんとか銘打って、薬局も巻き込んでしまえば万事解決だ!!
とかね。
まあ、僕は人間が歪んでいるので、うがった見方をしてしまうわけですが、そういう側面もあるのかなということで。
もちろんそれだけじゃなくて、純粋に患者のためを思って、という部分もあると思いますよ。けど現場のことをよく知らずに理想だけぶち上げた感がすごいというか、どうしても胡散臭さが拭えないというか、簡単に同調してはいけない気がしますね、個人的に。
24時間対応とか、コンビニか。
『患者のための薬局ビジョン』概要版の方に、非常に胡散臭いスライドがあったのでご紹介します。
「対物業務から対人業務へ」ときました。
これってどこかで聞いた覚えがあるんですが…。
そうです、民主党政権時代によく聞いたあれです。
「コンクリートから人へ」
民主党はこんな頭の悪いスローガンを掲げて、実際に公共事業関係の予算を減らしました。
政権が自民党に戻ってからも予算は増えていません。
その結果、トンネルは崩落するし、各種インフラは老朽化する一方だし、大規模な地震、毎年のように起こる台風・豪雨等々の自然災害に対応できず、多くの人命が失われる始末。
要するに、「コンクリート」と「人」は分けて考えられるものではないということですね。
両方大事だし、「人」は「コンクリート」という土台の上で生活しているのだから、土台が揺らいでは生きていけないということです。
薬剤師の業務も同じことです。
上の図では、あたかも「対人業務」の方が「対物業務」よりも高等で、より優先されるべき業務のような書かれ方になっていますが、そんなことはないでしょう。
対物業務は薬剤師の仕事の基本です。これができなければ、患者に正しく薬を交付することができないのだから、むしろ対物業務の重要性はますます高まっていくと考えるのが普通です。
「コンクリート」と「人」の関係と同様、薬局における「対物業務」と「対人業務」も分けて考えることはできません。
「対物業務」を行う時でも、どうすればきちんと服薬してもらえるかを考えながら工夫して日々調剤しています。例えば、一包化する際の印字をどうするか、散剤の賦形をどうするか、水剤には1回量がわかるようにした計量カップをつける、特に高齢者では誤飲を防ぐため1錠だけのPTPシートを作らないように注意する等々。
「対物業務」はそれだけで完結するものではなく、常にその先に存在する生きた個人のことを考えながら行うものです。分けて考えるなどナンセンスです。
もちろん、上の図の患者中心の業務が重要であることは理解しています。
だから両方頑張ろう、という話。
しかし困りました。
ますます大変になるであろう「対物業務」に加えて「対人業務」も充実させる。情報の収集が容易になったことから多様化する患者のニーズに応え、わがままにも可能な限り付き合う。さらに加えて、在宅業務や24時間対応などと言われた日には…
薬剤師を殺す気か。
そこで薬剤師資格を持たない従業員の出番ってわけですよ。
(あ、ようやく話が本筋に戻りそうな気がする)
薬剤師の絶対数はそう簡単には増えません。資格を持っていても仕事をしていない方も多くおられますし。
そして薬局の薬剤師は結構な高給取りなんですね。自分でいうのもなんですが。
少なくともこの不況の世の中にあって、普通に結婚して子供を作れるくらいにはお給料をいただいています。
つまり、経営者的にはたくさん雇うと厳しいという可能性もあります。
現場の人手不足からくるニーズと、経営者の人件費削減という目的が合致してしまう形です。
なので、医療事務等による調剤行為は、暗黙の了解としてむしろ歓迎されている可能性すらあります。
しかしそこで、前々回、前回と考察してきた内容が問題となります。
どこまでならば薬剤師以外の者にやらせても大丈夫なのか。薬剤師以外の者がやっても患者に危害の及ぶリスクが低いと考えられる業務は何か。
個人的な考えは前回書いた通りなんですが、厚労省として公式に線引きするのは難しいのでしょうね。
今回の記事を書くために公的な資料を探しましたが、具体的な行為の可否について言及されている資料は非常に少ないように感じました。
単純に線引きが難しいということに加え、一度公式に線を引いてしまうと後から訂正するのが困難になるから、という理由もあるのではないでしょうか。
『患者のための薬局ビジョン』の中で、「経済財政諮問会議」とか「規制改革会議」とか、薬局と関係あんのかそれ、みたいな謎の会議が何度か登場します。
(あ、また話が逸れそうな気がする)
内閣府のホームページによると、
「経済財政諮問会議は、経済財政政策に関し、内閣総理大臣のリーダーシップを十全に発揮させるとともに、関係国務大臣や有識者議員等の意見を十分に政策形成に反映させることを目的として、内閣府に設置された合議制の機関」
ということらしいです。
また、「規制改革会議」は、今では「規制改革推進会議」と名を変えておりまして、
「「規制改革推進会議」は、内閣府設置法第37条第2項に基づき設置された審議会です。内閣総理大臣の諮問に応じ、経済社会の構造改革を進める上で必要な規制の在り方の改革に関する基本的事項を総合的に調査・審議することを主要な任務としております。」
だそうです。
要するに、薬局の現場のことなんか何もわかっていない人たちの集まりのことだと解釈しました。
規制改革推進会議の、医療・介護ワーキング・グループの委員・専門委員名簿が公開されていたのでのぞいてみたのですが、経済同友会の理事とか、株式会社何某の代表取締役とか、○○大学の教授とか、医療や介護の規制のことについて議論できるだけの資質の持ち主なのか疑問な人たちの名前がずらっと並んでいました。
いやまあ、初めて聞いた名前ばかりですし、会ったことも無い人たちなので完全にイメージでものを言ってしまって申し訳ないですけど。でも多分絶対薬局の現場のことなんかよく知らない人たちですよね。
こんなわけのわからない会議の意見が政策の意思決定に絶大な影響力を持つ、神秘的な島国が東洋のどこかにあるらしい。滑稽すぎて草も生えない。
彼らは基本的に、「効率化」とか「規制緩和」とか「人件費削減」とか言われると、条件反射で
うひょーっ ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ
となって、絶頂に達してしまう神秘的な人種なので、『患者のための薬局ビジョン』についても、そう言う観点から意見したのだろうと勝手に考えています。
厚労省の心ある役人(が存在するのかは知りませんが)は患者に危害の及ぶリスクを考え、「対人業務」の充実と「対物業務」の効率化の必要性を認めつつも、薬剤師以外の者による調剤行為については、少なくとも現状では最小限に留めるような判断をしているように感じました。
けれど、一応神秘的な人たちの顔も立てておかなければならないから、具体的な行為の可否については2つしか言及しなかったし、今後も拡大していく可能性を示唆するような書き方をしたのではないか。
この考えはあまりにも厚労省に対して好意的でしょうか。
実は僕自身が「規制改革推進会議」とか「経済財政諮問会議」のことが嫌いで、そんなやつらの意見が入った改革なんて受け入れたくないと感じているだけなのかもしれません。
これからの薬局は
僕は「対人業務」を充実させるというのは、基本的には賛成です。
薬剤師としてのモチベーションにも繋がりますし、社会的な要請とも合致しますから。
しかし、だからといって「対物業務」の重要性が低下するわけでは決してなく、そちらのクオリティを落とすことなく、プラスアルファで仕事が増える形となります。
そうすると、薬剤師のマンパワーが足りない。
医療事務等にどこまでの調剤行為を行わせて良いのかということについては、まだまだ議論が足りない。
不況が続く中、できるだけ人件費を削減したいという経営者側の思惑もある。
欧米諸国のように、薬剤師の補助的立場として調剤に携わるテクニシャンのような存在がいれば話は変わってくるのかもしれませんが、一から育てるには時間がかかるでしょう。
それに、欧米と日本では国柄も歴史的背景も異なります。現場や世論がそのような存在を受け入れられるのかという疑問もあります。
薬剤師は独占業務だった調剤行為を奪われる形になりますし。
ただ、どう転んだとしても薬局に求められる機能は拡大していくだろうし、薬剤師は生産性の向上を求められることになるでしょう。その流れは止まることはないと思います。
まあ、既に「対人業務」も一生懸命やってるよ、という薬剤師もたくさんいると思います。
僕自身、そこで手を抜いているつもりはないですし、むしろ自分に出来る範囲で常に必死で仕事をしている自負はあります。
しかし、それでも課題は山積していて、その中には個人の資質によるものもあれば、業界の構造的問題で、いち薬局レベルではどうにもできないものもあります。
正直言って簡単に解決することではないでしょう。
けれど、国全体として取り組まなければならない課題なのは間違いないので、政府としてもっと建設的な議論と、積極的な介入をお願いしたいところではあります。
神秘的な議論と間違った介入は要りませんよ、念のため。
とりあえず、まずは正しい財政・経済政策により、デフレから脱却すること。
デフレで需要が足りなくて苦しんでいたところに、医療への需要が増えてきたのだから、そこへ国が惜しみなく金をつぎ込めばいいんじゃないでしょうか。何か困ることあるんでしょうかね。僕にはわかりません。
そうして、予算的な意味での憂いをなくしつつ、頑張って設備投資・人材投資して将来のさらなる需要増大に備える。
一歩一歩確実に。
一瞬で問題を解決するような素晴らしい処方箋は誰にも書けませんから、時間をかけて少しずつ対処するしかないでしょう。
そういえば、アンサング・シンデレラのドラマがいつから放送されるのかわかりませんが、薬剤師の苦悩が少しでも世間に広まるきっかけになると良いですね。
変に薬剤師の仕事が美化されないかという心配もありますが。
まあそれで自分がやることが変わるわけでもないから良いんだけど。
終わり
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